2018年2月22日木曜日

『死の舞踏』(スティーヴン・キング)読みました。


先日、ツイッターに、
こんな投稿をしました。

「昼休み、帰宅時バス車内、就寝時に
 それぞれ別の本を読むようになって、
 もう何年も経ちます。
 これまで3種の本の中には、
 必ず小説が入っていましたが、
 今気づくと現行はフィクションがゼロ。
 しかも、うち2冊は600頁超の分厚さ。
 なかなか読み終わらず、
 読書ブログのネタが枯渇状態です」

読書ブログとは、つまりこれ。今書いている文章。
なので、このブログがネタ不足なのです。
読み終えるのに時間がかかりすぎて…。

ツイッターで言った分厚い2冊のうち、
昼休みに読んでいるのは、
上下2段になっている630頁。
それが特に難物です。
時々重複した内容が出てきて興が削がれ、
余計に文字を追うスピードも遅くなっていきます。

で、この『死の舞踏』。

分厚い難物のもう1冊。
バス車内で読んでいた本です。
スティーブン・キングさんなのに小説じゃない。
ホラーの作品解説書。
フィクションじゃないのに、
フィクション的に面白い。
こっちは分厚くても、ずっと楽しく読めました。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月20日火曜日

『バ・イ・ク』(柳家小三治)読みました。


毎朝ぼくは会社までの約6キロを
走って通っています。

その道々の感想をツイッターなんかで
つぶやいたりしています。

でも、その内容はほとんど、
「きつい」「ヘロヘロ」
「汗だく」「休みたい」「もうダメェ」
などといったネガティブな愚痴ばっか。

だって、本当にきついんですもの。

もういい加減、
走り始めてから丸7年も経とうってのに、
楽になる兆しはなく、
ゼイゼイハアハア言いながら、
やっとこさ足を運んでいる状態です。

仕事で誰かに頼まれてとか、
喰うためにやらなきゃとか、
そんなんじゃないから、
趣味っていえば、趣味なんだから、
せめて、外に向けて発信するときは、
「楽しいよ」「素晴らしい」
「気持ちいいんだなあ、これが」
なんて言いたいです。
でも、言ったら虚しいし……。

で、この『バ・イ・ク』。

小三治さん、
ホントにバイクが好きなんだなぁって、
よーくわかりました。
趣味ってのはそうでなくちゃいかんですよ。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月16日金曜日

『DNAの98%は謎』(小林武彦)読みました。


書籍にしろ雑誌にしろ、
特定の分野のことを長く書き続けていると、
はじめは知らなかったこともだんだんわかって、
つくる記事の内容がどんどん専門的になっていく。

これ、やっちゃいけないことだと、
いつも自分に言い聞かせているんです。

いや、読者の対象が、
専門的な人だったらいいんです。

でも、ぼくらのやっているのは
大抵、入門書的な本や
一般向けの新聞・雑誌なので、
小難しいことは、
できるだけかみ砕かなきゃいけない。

それが、ふと気を許すと、
何の前置きもなく専門用語を使ったりしちゃう。

とはいえ、その手加減も微妙なんですけどね。

例えば、「地球温暖化」なんて言葉は、
今でこそ、説明なしに登場させても
違和感はないだろうけど、
昔は「何それ?」だった。

どこまでの言葉だと説明が必要で、
どこからフリーで使っていいのか。
悩むんです。

だから、いつも頭空っぽ状態で、
知識はため込まずにいようなんて考える。
幸いにして、
記憶力は人よりも劣っているようなので、
素のままでいれば、
それで済むことも多々あるようですが。

で、この『DNAの98%は謎』。

おそらくぼくは、
この本の読者対象レベルに
届いてないんだと思いました。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月14日水曜日

『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


去年のNHK大河ドラマ
『おんな城主 直虎』の各回のタイトルは、
過去の映画とか小説とかの題名を
パロってつけていたようですね。

その時間はいつも
家族で観ていたんですが、
年末近くの終盤で
『信長、浜松来たいってよ』の題をみたとき、

「これって、桐島みたいじゃん」
とぼくがつぶやき、そこで娘がすかさず、
「毎回、何かをもじっているみたいだよ」
と教えてくれました。

「げげっ、それって昔、ぼくもやったことがある」
と思い出し、
パソコンの操作解説本で、
各章ごとにつけたタイトルのことが
頭に浮かんできました。

今、その本をひっくり返して
ここに転載しますね。

「傷だらけのフリーター」
「渡る世間はタヌキばかり」
「ど根性エクセル」
「吉中玄子80キロ」
「踊る大寝具販売」
「101回目のスクロール」
「ソートフルライフ」
「ふぞろいの名簿たち」
「定休日にほえろ!」
「降格に一番近い男」
「電卓なんていらねよ、オーナー」
……ほらね。

で、その直虎の最終回は
『石を継ぐ者』でした。
これって、
もとはSFの『星を継ぐ者』ですよね。

で、この『夜哭烏 羽州ぼろ鳶組』。

『星を継ぐ者』は面白かったけど、
作品の完成度からすると、ゴツゴツしてた。
それでも、ゴツゴツは関係無く面白かった。
この『夜哭烏』も、なんかそれに似てました。

(すみません。パロディタイトルの件は余談です。
 余談9割です)





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月8日木曜日

『花のさくら通り』(荻原浩)読みました。


会社でとっている日経新聞の夕刊には、
週一くらいの間隔で、
ブックレビューのコーナーが掲載されます。

3人の評者が1人3冊ずつ
5段階評価の星印をつける。

少し前のぼくの読んでいた本の
ラインナップには、かなりの割合で
ここの満点評価がつけられたものが
占めていました。

過去形にしたのは、
今は少し違ってきたからです。

各評者の傾向がだんだんわかってきて、
「あの人の5つ星本を読んでも、
 ぼくにとってはたいてい3つ星くらい…」
とか、
「この人は、どんな本でも
 5つ星をつけちゃうから、
 どれがホントのオススメだかわからない」
とか、
「いっつも厳しい評価のあの御仁は、
 どれも読む気にならない」
などなど。

例えば、その評者の一人に
文芸評論で結構有名な北上次郎さんがいます。

評価は、書評文を読む限り、
とてもキチンとしている。
ただ……その満点評価の本をぼくが読むと、
どうにも合わない。
今まで4、5冊試してみましたが、
どれも良さがわからなかった。
面白さの触覚って、人それぞれ、
ちょっとずつ違う方向を向いているんでしょうね。

で、この『花のさくら通り』。

楽しめました。
でも、満点評価をつけるほど、
のめり込むことはできませんでした。
この本の解説で北上次郎さんは、
べた褒めの評価をしているんですけどね。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月6日火曜日

『我が名は、カモン』(犬童一心)読みました。


年末くらいが妥当で、
今だと時期が外れている感満タンですが、
去年(2017)に読んで、
「こりゃいいわ」と5つ星をつけた本を
リストアップしときます。
時候無視の年間ベスト本です。

でも、ランキングはつけません。
その時々の気分の評価なので。
( )内は読んだ月と2017読了本の通し番号です。

『砂漠』伊坂幸太郎(1月/7)
『夜のピクニック』恩田陸(2月/15)※再読
『量子力学で生命の謎を解く』ジム・アル=カリーリ(4月/40)
『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦(4月/42)※再読
『PK』伊坂幸太郎(5月/49)
『ちゃんボン食べたかっ!』さだまさし(8月/76)
『中原の虹(4)』浅田次郎(9月/83)
『樹木たちの知られざる生活』ペーター・ヴォールレーベン(9月/88)
『ファインダーズ・キーパーズ(下)』スティーブン・キング(10月/98)
『AX アックス』伊坂幸太郎(11月/99)

で、この『我が名は、カモン』。

今年(2018)最初の5つ星をつけました。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年2月1日木曜日

『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾)読みました。


子どもの頃って、
内容が面白いとかキャラクターが格好いいとか、
そんな細かなことに関係無く、
ただアニメってだけで、どんな番組でも
楽しく食い入るように観ていたような気がします。

大人に叱られたり、
友だちに意地悪されたりして、
べそをかいてるときでも、

テレビで漫画の絵が動いていると、
瞬時にそれまでのしぼんだ気分も忘れ、
じっと画面の前で
ストップモーションになっちゃう。

あれって、なんででしょうか。

電車の中で、
ぐじぐじと駄々をこねている幼児の前に、
お母さんがスマホに映した
アニメ動画を持っていくと、
コンマゼロ秒で大人しくなるって場面も
何度か見かけました。
あれって、なんなんでしょう。

で、この『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』。

アニメに対して感じた
子どもの頃の気持ちみたいに、
ただそれだけで面白かった。

構成がどうだとか、
人物造形がどうだとか、
そんなことは、どうでもよくなっちゃいました。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月30日火曜日

『太陽と乙女』(森見登美彦)読みました。


今出ている文庫本だけ読んでおこうとして、
それだけじゃおさまらなくなり、
新刊の単行本にも手を出すようになった
伊坂幸太郎さんのあれやこれやの作品。

エッセイなど小説以外は除いて、
たぶんほとんどを読破しちゃいました。
(内容は覚えてないけど)

その伊坂作品で毎回のように
唸らされるのが、絶妙な構成です。

どこかの映画のように、
本筋から少し外れたシーンが唐突に挿入されて、
「なんじゃそれ、関係ないじゃん」
って思ってたら、
クライマックスに押し込むための伏線だった。
──なんて無理くりの物語づくりは皆無で、
「わーっ。あのしっぽりはまってた、
 ほんわかエピソードが、ここにつながるのか」
と、唸るわ、ニンマリするわのオンパレード。

あんな話をつくるとき、
その場その場の思いつきだけで
書き続けていくのだとしたら、
著者の脳みその回路は
宇宙空間とつながっているはずです。

でも、それは物理的に無理なので、
書き始める前に、きちんと構成を組み立て、
設計図みたいなものを用意してから、
執筆しているんだと、
ぼくは勝手に想像しています。

で、この『太陽と乙女』。

著者の森見さんは、伊坂さんとまったく違う
物語のつくり方をしているんだろうなと、
ぼくは勝手に想像しちゃいました。






**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月25日木曜日

『もひとつ ま・く・ら』(柳家小三治)読みました。


みんな、人の話を聞かねぇ……。
最近、飲み会などに出席して
気がついたことです。

一言二言でやりとりするLINEのように、
しゃべることが短いときにはいいんです。
聞いてくれるんです。

でも、少しでも長くなるとダメ。

背景を説明しないと
内容が伝わらない場合なんか、
本来なら〈背景→結論→落ち〉と進めるハズが、

背景の「はい」ぐらいで、調子いい野郎が
「あー、それ知っている知っている」
とかって合いの手を入れて、

それが合いの手だけじゃ済まなくなり
「知ってるよ、俺なんかサー」
と自分の体験談をしゃべり出し、

そうかと思うとその体験談の「たいけ」くらいで
また別の女史が
「ソレ違うわ。この前、職場の子がね…」
なんて、梅干し入れたお湯割り焼酎なんかで
喉を潤しながら続ける。

そうなるともう、
自分が〈背景→結論→落ち〉で
何を話そうとしていたのかなんて忘れて、

女史が手にしている耐熱グラスを眺め、
店員さんに
「ぼくも、梅干し入れたお湯割りひとつね」
なんて大声出していたりする。

ま、そんなモンですね。人が集まったときは。

で、この『もひとつ ま・く・ら』。

柳家小三治さんの落語に入る前の枕話を
そのまま載せた本。
噺家さんなら、いくら人が集まったとしても、
誰にも邪魔されずに、
自分の話を続けられるってことがわかりました。
オモロイです。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月23日火曜日

『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ)読みました。


少し前、著作が話題になっているとかで、
テレビのニュース番組に
作家の五木寛之さんが出ていました。

『孤独のすすめ』という本が売れていて、
インタビューに答えて、その内容や、
五木さんが最近考えていることなどを
話していました。

内容を全部覚えている訳ではないのですが、
そのほとんどが、世間でよしとされ、
広く受け入れられているような
流行り物についての疑問
……だったような印象を受けました。

例えば、不要なモノをどんどん捨てて
身軽になろうの〈断捨離〉。
別に捨てなくもいいじゃない。
ため込んでそこらにほっぽらかして置けば、
何かの拍子に役に立つことだってあるんだし。

例えば、前向きに明るく
どんどん行こうの〈ポジティブシンキング〉。
人それぞれなんだから、無理矢理に
いろんなことに挑戦しようなんて思わなくても大丈夫。
外に向かわなくても、自分の内側を見つめるものいいもんだ。

……と。
その五木さんの考え方に刺激され、ぼくも、
世の潮流に逆らうようなことを考えてみました。
〈記憶力〉です。
そんなもんないほうが幸せだってこともある。
記憶がなけりゃ、誰かにおカネを借りたことも
すっかり忘れられて、思い悩むことはないし。

で、この『忘れられた巨人』。

竜の吐く息が、人びとの記憶を
ぼんやり奪っていく設定が好きです。
あと主人公の老男性が自分の妻を
いつも「お姫様」と呼んでいるとこ。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月18日木曜日

『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎)読みました。


去年の暮れに読んだ
『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』
の中に、こんなことが書いてありました。

〈不幸にして日本の作家、学者たちのなかに
 ──とくに学者は相当多く、
 作家はさすがに少ないんですが──
 だれにでも書けることを、
 だれにもわからない文章で
 書いている人がいるんですね〉

なかなか手厳しいんですけど、
これ読んでいて思わず
「うん、あるある」と
相づちを打っちゃいました。

(このブログで、何かの文章を引用するときは、
 底本を引くのが面倒で、
 ほとんど記憶からの要約で済ませちゃうんですが、
 今回はすぐ手元に、この本が目についたので、
 きちんと写しました。
 入力ミスがなければよいのですが)

さらに続けて、

〈その文章、難しくて、訳がわからなくて、
 やっと読み解くと、実にくだらない、平凡な
 「そんなこと俺だって考えているよ」
 といった中身〉

とありました。うんうん。あるある。

で、この『バッタを倒しにアフリカへ』。

著者は、学者さん。
井上ひさしさんが注意してくれた文章を、
書いてしまうことが多い職業の人。
でもでもでも、この本は、
本当のホントに例外でした。
すんなりちゃんと読めちゃいます。面白い。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月16日火曜日

『プリズンホテル(4)春』(浅田次郎)読みました。


出版物を印刷にかける前には、
複数の人が原稿を読んで、
ヘンなところがないかチェックします。

誰かに「ここはおかしい」と
赤ペンを入れられたとき、
書いた本人であるぼくは、
「そんなことないよ」と
思うこともあります。

でもたいていは、
一人が疑問に感じた部分は、
他の人も同様に考えるようです。

最初にチェックした人と同じ箇所に、
まったく同じコメントで
次の確認者も赤ペンを入れてくる。

やっぱヘンテコな文章は、
みんなわかるようです。

わからないのは、
視野狭窄状態でペコペコと
キーボードを叩いて
文字を連ねていった自分だけ。

そんなときは、いつも
「もっと冷静に、謙虚にならないかん」
とぼく自身に言い聞かせます。

で、この『プリズンホテル(4)春』。

うまいですね。面白いですね。さすがですね。
でも、1箇所だけ、
ぼくが疑問に思った設定があり、
それはみんなも同じに感じるのかなって
立ち止まりました。

もしかしたら、
その疑問自体、
ぼくの視野狭窄なのかもしれませんが。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月12日金曜日

『かぜの科学』(ジェニファー・アッカーマン)読みました。


娘がまだ小さかった頃(3歳くらい)
何度か喘息のような症状が出て、
病院に連れて行ったことがありました。

大きくなってからは、
まったくそんな状態になることはなく、
完治したのか、もしくは喘息と思ったこと自体
ぼくの勘違いだったのか、とにかく今は
元気ハツラツ立派な社会人になっています。

その幼き頃の病院に行ったときの話です。

そのときは、
なぜかぼく一人の付き添いでした。
(たぶん、カミさんは、仕事か、
 もう一人の娘を家で見ていたんでしょう)

診察室では、
息苦しそうにしている娘をヒザに抱え、
服の裾をたくし上げて、
胸や背中をお医者さんに診せたりしました。

先生は、そこに聴診器をあて、
フムフムとか言ったあと
「じゃあ、吸入しましょう」
と看護師さんに伝えたんです。

娘が吸入器の置いてある
隣の部屋に連れて行かれると、
先生がぼくに向かって

「大丈夫ですね。気のせいでしょ」

と言いました。

「吸入はただの蒸気にして
 薬は何も入れませんが、
 それで気が紛れて落ち着くでしょう」

おいおい、そんなんでいいのかよ
とは思ったものの
向こうの部屋をのぞいてみると、

ただの蒸気を吸いながら、
これまでより楽そうにしている娘を見て、
ああ、そんなんでいいのか
……と納得しているぼくがいました。

で、この『かぜの科学』。

風邪という病気は、現代の科学をもってしても、
よくわからないものだってことが、
よくわかりました。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2018年1月10日水曜日

『たゆたえども沈まず』(原田マハ)読みました。


どんなことを提案されても、
「それイイですね!」
と、お愛想しか言わないぼくは別として、

一般的に本を執筆した人は、
それを売ってくれる出版社に対して、
どれくらい注文を
つけるもんなんでしょうか。

印税の割合とか、最低保証部数とか、
おカネにわかわることは、
ぎすぎすチックになるので、
その方面の話じゃなく、

宣伝方法とか、
広告に使うコピーとかの、
その方面での疑問です。

例えば、出来映えが
それほど自信のない作品だったとき。

それでも売ろうとする側は、
著者の気持ちを素直に反映して
「完成度はイマイチ」
なんてコピーを帯につけるわけはなく、

どんなに失敗作だと
著者が感じていようが
「感涙必至の大傑作」
とかビックマウスの売り文句をつける。

それに対して、
著者は何て言うかなって思ったんです。

もちろん、ぼくなら
「それイイですね!」です。

自分では、ちっとも泣けずに、
1ナノメートルほども
傑作とは思っていなくても、
ほかの人は違うように感じる
かもしれないし。
なんて屁理屈を自分に言い聞かせながら。

で、この『たゆたえとも沈まず』。

広告に「アート小説の最高傑作、誕生!」
って書いてありました。
著者さんどう思ってるのかな。
「それイイですね!」かな。





**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************

2017年12月26日火曜日

『プリズンホテル(3)冬』(浅田次郎)読みました。


このブログには記してないけど、
実は、読んだ本には年初に1番をつけ
そのまま1年分の連番で
ナンバリングしてるんです。

今回は「111」でした。

でもこれ、
その前が「109」だったんです。
本来なら警察の電話番号「110」の
はずなんですが、欠番にしちゃいました。

警察が嫌いだからってわけじゃないんです。

本当は欠番じゃなく、番号を振り直した。
エクセル使うと一瞬でできちゃいますからね。

なぜそんな番号繰り上げをしたかというと、
本来の「104」の次くらいに
もう1冊あったのを見逃していたんです。

読み終えて感想文もどきを
書こうとしていたのに、なぜか忘れてしまい、
そのまま次の本のことを紹介しちゃった。

そのときは、
仕事のドタバタが頂点だったみたいで、
頭からすっぽり抜け落ちた。

もしかしたら、
抜けていたのが違う本だったら、
何も気づかずに、ずっと1冊少ないまま
今年の読了冊数を締めていたかもしれません。

で、この『プリズンホテル(3)冬』。

抜けてたのは、この本の
シリーズ前巻である『同(2)秋』でした。
(3)のことを書こうと思い、
前巻は何を話題にしたのかと見直してみたら
「あれ? ないじゃん」と抜けに気づきました。
ヌケたのがシリーズものでよかったです。






**********************
当ブログ執筆担当・きくちが書いた本はこちら
**********************